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株式会社 サンライズ・アドバイザーズ

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創業者

違う視点から見るか 新しい価値観を見出すか そうした努力をもっとするべき。

池田 紹  Sho Ikeda

株式会社サンライズ・アドバイザーズ 代表取締役社長

1951年 東京生まれ
1974年3月 一橋大学経済学部卒業
1974年4月 日立製作所に入社し、国際事業部にて海外戦略企画、海外技術提携などを担当
1980年‐1982年 米国カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)経営大学院に留学しMBAを取得
1982年 日立製作所に戻り、1985年に財務部に移籍、外国為替・財務企画業務などを担当
1988年7月 日興国際投資顧問株式会社(1999年より日興アセットマネジメント株式会社)入社。欧米、中近東、カナダなどの海外投資家及び国内年金を担当するグロース株式チームのチーフ・ファンドマネージャー、企業調査部長などを歴任。運用、調査のほか、運用プロセスの改善、ブローカー評価、議決権行使なども担当
2002年4月 社会的責任投資の評価会社である株式会社グッドバンカーに入社、取締役調査部長。英国EIRIS社との業務提携を実現
2004年3月 株式会社サンライズ・アドバイザーズを設立し、代表取締役社長に就任。企業向けCSRコンサルティング及び企業/SRI機関の対話促進に取り組む。
  • 日本証券アナリスト協会検定会員
  • 趣味:自転車、釣り、料理など
以下、資格の学校TACインタビュー記事から抜粋
---まず、経歴をお話くださいますか。
 私は1951年に東京で生まれまして、1974年に一橋大学の経済学部を卒業。メーカーの日立製作所に入社し、国際事業部というところに配属されました。この部署は製品を売るだけではなく、日立の技術を紹介したり、海外の技術の導入をはかったり、また海外にたくさんある日立の子会社や工場をどのように戦略的に展開していくかと言うことも業務としていました。


 海外を相手にビジネスしているため、優先的に社費留学制度でアメリカのUCLAで2年間、勉強をすることができました。はじめのうちは自分の英語がなかなか通じなかったりして、ショックを受けたりしましたが、あちらの大学は宿題が多く、落ち込んでいる暇はありませんでしたね。今思えば、あの膨大な量の宿題をテキパキとこなすことで、速く理解する、速くまとめると言った能力が身についたのではないかと思っています。当時、日本ではまだファイナンス理論はあまり知られていませんでしたから、まさに驚きの連続でした。ある規則に基づいて数字を作っていくという会計と違い、ファイナンスは価値を見出す、エコノミックバリューだということがよくわかりまして、とても感動したことをおぼえています。そうした勉強のほかにも、結婚したばかりの妻と一緒にオンボロ車で全米各地を貧乏旅行したりして、いろいろな経験をさせてもらいました。アメリカの大きさや多様性が肌で感じられましたし、日本の中にいてはわからないことも実感することができたように思います。
当時の日本の常識を破れるようなことをやれたと自負しています。
---留学からの帰国後はどのようなお仕事をなさったのですか。
 先ほどもお話したように、ファイナンス理論は日本ではあまり知られていませんでしたから、私自身の価値観もずいぶん上がりました。帰国後しばらくは国際事業部にいたのですが、財務部長をやっていた私の先輩が、アメリカ流のキャッシュマネジメントとかファイナンス理論とかを理解してくれる人間はいないかと探していて、財務部に移籍しました。当時の財務部は日立製品を金融機関に売るお手伝いをしていたんです。銀行や証券会社、保険会社などが日立の製品を買ってくれると、それに見合った取引をしましょう、というスタイルでした。だから営業のサポート部隊という存在でしたね。利益を上げるとか、コストを下げるとか、と言うことはあまり期待していなくて、銀行と仲良くやっていくと言う世界でした。私は外国為替を担当していたのですが、その手数料が現在と比較するとかなり割高でした。で、これを何とかしようということになりました。その中で巨額の為替取引きをすることがあって、その時外国の銀行も招いて日本の銀行と競わせたわけです。そうしたら手数料が大幅に安くなりましてね。まあ、金融自由化のさきがけとも言えるのではないでしょうか。銀行からかなりの抵抗がありましたが、当時の日本の常識を破れるようなことをやれたと自負しています。
自分を磨きつづけなければいけない、という気持ちが強かった。
---その後、転職されたのですよね。
 はい。財務の仕事を通じて銀行や証券会社などを知るようになり、金融の世界に魅力を感じるようになりまして、日興証券グループの日興国際投資顧問、現在の日興アセットマネジメントに転職しました。最初からファンドマネージャーをさせてもらい、ヨーロッパ、中近東、カナダなどのアカウントを担当していました。当時、日本の運用はどこかのんびりしたような感じでしたが、海外を相手にそれは通じませんから、運用理論に基づき運用手法を作り、そして枠の中でちゃんと運用していくということが最初からできましたから、その点は良かったと思います。しかし、私が入社したあとすぐにバブルがはじけてしまい、いろいろとたいへんでした。風邪をひいた状態でカナダにトンボ帰りの出張に行き、日本株の動向について心配する投資家たちに説明し、納得してもらったこともあります。自分自身との戦いというか、どうやって生き残っていくか。自分を磨き続けなければいけない、という気持ちが強かったですね。


 日興アセットマネジメントには14年ほどいまして、最後は調査部長として調査部のアナリスト20名くらいを統率していました。


 そのころ、年齢的なこともあり、仕事を通じて自分のゴールをどこにするか、といったことを考えていました。そんな時日興アセットマネジメントが早期退職制度を実施することになり、それに応募しました。


 退職後、日本のSRIの生みの親ともいえる筑紫みずえ社長の会社・グッドバンカーに誘われ、調査部長を努めさせていただくことになりました。


 海外ではSRIは投資の手法として確立されていますし、企業の方もただ金を儲けるだけでなく、社会に対してどのように貢献していくか、企業の存在理由は何か、経営者は何を目指しているのか、といったようなことを投資家から評価されているわけです。それが「社会的責任投資」ということですね。そうした仕事を2年間やっていましたが、すると、今度はいろいろな企業から「では、どうしたらいいのか」という質問がたくさん寄せられるんです。ですが、私たちは調査をし、評価を行っている企業ですから答えを教えるわけにはいかないんです。
日本の企業風土の活性化にもつながる。
---それで起業を決意なさったわけですね。
 はい。今度は企業にどういうふうにしたらいいのかを教えましょう、ということで「サンライズ・アドバイザーズ」を設立したわけです。社会的責任投資の観点から企業にコンサルティングを行ったり、教育プログラムを企画し、啓蒙活動に勤めたり、SRI投資家と企業の相互理解を深める役割を担いたいと思います。その他、日本国内や海外の企業のいろいろなアイデアとか、新しい手法とかを企業に紹介したり、SRIやCSRの枠にとらわれず私たちで役に立てることなら何でもして、日本企業をサポートしたいと思っています。こうして自分の会社を持ってみると、ぜんぜん別の世界なんです。自己責任というかプレッシャーもありますが、自分の好きなことに打ち込めるというやりがいがあります。プロジェクトごとにいろいろな人とコラボレーションすること、そのプロジェクトに合ったスキル・技術を持つ人と組んで仕事をしていますが、こうしたやり方は日本の企業風土の活性化にもつながるのではないかと思いますね。大企業にはできないこともできるんですよね。意思決定も早いですしあらゆることに柔軟に対処できます。


 社名のサンライズには日本の再生という意味、そして私がお世話になった日立も日興もサンライズですから、そうした思いが込められています。
世界をうならせるような日本発の新しいアイデアを。
---証券アナリストの現状と将来についてはどのようにお考えですか。
 日本の証券市場、金融市場は長く低迷していました。みんな自信を無くしてしまったんですね。日本人が元気を無くしている原因は、横並び意識というか、要するに創造性が無いんですよね。人がやらないことはなんだかんだ理由をつけてやらない一方、ある運用手段がいいというと、猫も杓子もそちらの方へ行っちゃうんですよね。特に権威に弱いですね。流れに逆らう人というのは、あまりいません。これは日本人の特性ということでは必ずしもないと思います。だから、必ず変えられるはずです。A社がやったからB社もC社もとなって、横並びになってしまう。本来、運用の世界は競争のはずなのに、これではダメですよね。


 いろんな考えがあって、いろんな人が自分流のやり方でやっていくことで新しいアイデアが生まれ、全体的に活性化され、いいサイクルに入っていくと思います。同じ方向だけ見ているのではなく、もっと違う観点から見るとか、新しい価値観を見出すとか、そういった努力をもっとするべきだと思います。だからやはり独創性が大事ですね。世界に通用するものがないんですよね。投資の世界では日本発の新しいものがないですからね。ベーシックなビジョン・論理を兼ね備えたアイデア、そういったものを1日も早く作りたいですね。証券アナリスト諸兄、そしてこれから証券アナリストをめざす方々と一緒に競いながら、私たちも世界をうならせるような何かを作りたいと思っています。
資格を取得したという結果以前に、どれだけ勉強できたかが重要。
---証券アナリストに必要な知識と素養についてはどのようにお考えですか。
 私はずいぶん前に証券アナリストの資格を取得しました。資格を取得したという結果も重要ですが、その前にそこに至る過程でどれだけ勉強できたか、ということも大切だと考えます。私自身もその勉強を通じて、それまで知らなかったことや、証券投資のことを一通り体系的につかむことができました。今の証券アナリストの資格は難しくなっていて、多分CFAと同じようなレベルにあるのではと思います。ですからこれにチャレンジするということは、学習する過程でいろいろなことがわかってくると思います。たとえば、株のマネージャーの人にとって、本業には関係ないかもしれませんが、債券とか為替とか周辺の知識なども身に付けることができるわけです。出来るだけ沢山の事を知りたい、新しい世界をもっと知ろうとする、好奇心の強さも大切ですね。そういう人じゃないと、運用の仕事はうまくいかないのではと思います。


 私の場合、金融の世界に入ってから10年くらいずっと悪い相場でしたからね。それをどうやってしのいでいくのか、たいへんでした。技術的に上手いとか下手ということ以上に、悪い時は悪い時なりにお客様をどういうふうに納得させるか、そして次もがんばるということをどうやって伝えていくかという信頼関係を築くことが大切ですね。逆にこの10年間はすごく勉強になりました。一つ一つの仕事をこなしていくには緻密にやらなければいけないし、やはり相手に対して誠実でなければならない。


 あとプロ意識やガッツというようなことも大切です。そういうものの結晶がファンドマネージャーなのではと思っています。
独創的なアイデアで市場の活性化、そして日本の再生を。
---証券アナリストを目指す方へのメッセージをお願いします。
 私がUCLAに留学していた20数年前、日本はジャパン・アズ・ナンバーワンとしてもてはやされ、アメリカのビジネススクールでも日本式の経営が盛んに研究されていました。


 ところが今、日本の経営は世界から遅れをとっていると評されています。技術的には進んでいる分野がありますが、経営的には疑問符がつくような状態です。そして金融業界も長く低迷を続けてきました。


 しかし、好奇心を持ってグローバルな視野を広げ、創造的なアイデアを生み出すことができれば、市場は活性化し、明るい展望が拓けるものと⇒開けるものと確信しています。


 日本の再生に向けて、金融機関のみなさんのチカラを待っています。
---本日はありがとうございました。
サンライズアドバイザーズ
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